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【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第5回】

井上勝正
2008年の終わりか2009年の最初、
「ロウリュって知ってますか?」と
おふろの国の林店長の運転する車の中でボクはそのフィンランド語を初めて聞いた、
「日本ではイベントとして使われる言葉、ロウリュなんですけどサウナに入っている人をバスタオルで扇ぐんですよ。日本での解釈です。」と林店長は続けた。
…そんなの 知らない。。と、ボクは思い同時にいろいろな事が頭の中をグルグル回った。

 

大阪の生野区に淀川水系の一級河川、平野川がある。
これがボクの小学生や中学生の頃は汚いのなんの…いわゆるドブ川で
その水路の両脇はコンクリートで舗装されて川面からは3mぐらいは高さがあるのだけど少し暖かくなるぐらいの季節になる頃は匂ってきて物凄く臭くなる。
平野川はそんな川だった。

橋から川面を見下ろすとヘドロがドロドロになっててわからない。
放り込まれたんだろう、フレームやタイヤがぐにゃぐにゃの自転車が何台も見えていてそれは流れずにヘドロをぬるぬるにまとわらせて揺れもしない
川の色なんか油ねんどに赤とか紫とかを混ぜたような色でぐったりしながら動いてる。

ボクはそんな川に突き落とされた思い出がある、
いわゆる いじめ だ。

自転車でプラモデル屋に出かけている途中で何人かの変なのに
(まぁ相手から見たらボクが変なの、だったのか。)
捕まって自転車をチェーンで繋がれて誰も来ないようなちょっと影になってて粗大ゴミがいつまでも置いてある様な場所に引っ張られて先ず持っていたお金を取られた。
「金を取ったんだから良いだろう、もう。」とボクは思うが
相手は薄く笑いながら

「井上は懸垂でけへんらしいで。いえ~いっ!」

と何人かで「ほんまか!」とかヘラヘラ笑ってる。

何がいえ~いだ、と思いつつも
「…出来るわ。」と言うだけ言うが

実は懸垂1回も出来なかった。

当時ボクは何かの格闘技をやっているでもなく、筋力も弱く、体重も50kgも無く…、
つまり 弱かった 。あまり喋りもしなかったので言葉の暴力、物理的暴力になす術が無い。

 

「ほんなら 橋から吊るしたるからショウメイしてみろや。」

 

…でッ!?
…現代なら大概バイオレンス多めのドラマでもやらないよ。
落ちて死んだらどうするんだ?とか
お前ら何も考えて無いのか!?とか思うけど 彼らが何かを考えているワケは無い、そういう思考ではないだろう。

 

ボクは何人もにどんどん追い詰められて
金網を何かで破って鉄柵をねじ曲げた所を潜ってけっこう川面まで高さのあるコンクリートで舗装されたヘドロがドロドロの水路に掛かる橋の橋桁のパイプとかL字の所に掴まって
「行けや、おら!」とか言われながら
ぶら下がり、
そのまま先に行く事も戻る事もできずに
何分か…(自分の感覚なので何分も経っていないと思うが)
足をバタつかせるでもなるブラーンとするしかなかった。
もう橋桁の底のL字の所をつかんでいる手の指はとっくに伸びていて
もうダメだ、 落ちる 。 確実に落ちる、、だが妙に冷静だ、ボクを追い詰めている皆の顔をクリアに見えた。

相手はくしゃくしゃと笑っている、
手を叩きボクを指差す。
やけにスローモーだ、あれから35年以上は経過しているがその時の映像はまるでスクショされた画像みたいにハッキリと思い出すことが出来る。

 

そしてボクは皆の期待通りヘドロの中に落ちた。

「アホや~!」「落ちよったー!」

 

もはや悲鳴の様な歓声に似た歓喜の様なけたたましい それでいて異常なほど純粋な声を
ドブ川のヘドロまみれの中で聴いた。

 

そのヘドロがクッションになり約3メートルほどの高さから落ちた衝撃を吸収してくれたのだが。

ボクは思う、純粋さの正体は「狂気」だ。

 

…どうなってんだ?ヘドロに落ちて何分ぐらいもがいていたのかわからない、、

もう一頻り笑いバカにし終えたのか、誰の気配も橋や周辺には無い。

もう頭から爪先までドロンドロンのデチョデチョで脱げたビーチサンダルはどこかにいった…、裸足なので足を切ったりしないで良かった、どこか擦りむいているかな?わからない、右の脇腹が痛かった。
首も痛かった。
冬でなくて良かった。しかし臭い。

不思議と腹は立ってない、あんな奴らはどんな世界にも何をやっている人達の中にも必ずいる、
それよりも脱出だ。

 

だけど懸垂が1回も出来ないんだ、どうやって登るんだ?
3メートルはあるだろうヘドロまみれのコンクリートの水路を。。

 

そうこうしている内に 持つべきは友だ、
一緒にプラモデル屋さんに行こうと言っていた吉川君が橋の上から手を振って
「おーい! やられたなあ!ひゃひゃ…!」
と笑ってる。

ボクは「上げてー…」と手を伸ばし言うが

「ヘドロがついたらいやや!」と言う吉川君にロープみたいなのを粗大ゴミのその辺から持ってきてもらい手伝ってくれるが力が無いから途中まで登っては落下を繰り返し1時間以上はかかったと思うけど引き上げてもらって
ひっくり返されていた自転車を起こしてドロドロのままそれに乗って町行く人の注目を集めながら家に帰ると母親はびっくりして
「あんた、破傷風になったらアカンで。
お金も取られたん!まぁ…。」と言って洗濯機からホースを引っ張って来る。
ボクは自宅と隣の家との路地で
服を全部脱いでゴミ袋に入れ全裸でホースの水を頭から被り、
食器用洗剤で全身を洗った。
食器用洗剤で体洗うとどうなるか知ってます?…もうバリバリ。

一応体の臭いは範囲内やで、と母親。
耳の中のヌルヌルしたのも取った、でも口の中に食べたワケでもないのにヘドロの味がする、、どんなんやねん!?ヘドロの味って!
…もうイヤや。
今日はプラモデル屋さんに行って
ダグラムのソルティックのプラモを買って幸せな気分になるはずだったのに、
それが金は取られるわ、ドブ川に落とされるわ…

母親が「お風呂行っておいで、はよ!」と、
ボクが被害を受けた未成年の少年達による金品強奪の社会的責任を問うのはさておき
お風呂道具とチャリ銭を持って来てくれたので近所の銭湯サウナのある「辰巳湯」に行く。

 

もういいよ…、サウナだ。サウナ、サウナ。
もうどうでもいい、サウナ入ろう。早く早く。

 

そしてボクの行っていた実家のすぐ近所の銭湯サウナには、行くと出会う人がいた、ヤクザの親分だ。
会う…と言うか、遭遇するとボクはわりと喋りかけられた。

まあ自分より先にサウナから出たら10万な…とか、
水風呂に叩き込まれたりいろいろしたけど…。

 

その夜も居た、
サウナのテレビでナイターを見ていた。

黙って座るボクは普通にしていたが
顔の力が抜けなかったと思うしずっと目が充血していて涙が溜まってる感じだ
そりゃそうだ、ドブ川のヘドロに落ちたのだ。

 

野球の切りの良いところでヤクザの親分は立ち上がってテレビに一人言を言ったかボクに言ったか知らないが
「 しょうもない顔すんな。」
そう呟いてサウナを出ていった。

 

 

まるでさっきの出来事のようだが
今は2008年の終わりか2009年の最初、
おふろの国の林店長が運転する車の中だ。
「ロウリュって聞いたことがない。」
そう思いながら様々な事を思い出していた。

 


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【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第3回】
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【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第1回】


 

 

[サウナそのもの 井上勝正  プロフィール]

サウナ熱波道 JSNA認定熱波師 JSNA熱波師検定座学講師 ドイツサウナ協会認定熱波師 ライター サウナメンター 元大日本プロレス所属

2020年動画版熱波甲子園準優勝(熱波道として)
2019年熱波甲子園社会人の部優勝(大日本プロレスチームとして)
2020年夏から「魁!!熱波塾」のオピニオンリーダーとしてその世界観を拡大していく。