【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第3回】
フトンで眠っている息子を見てボクは毎夜仕事に行く。
息子は11才になった、暗いと眠れない息子は部屋の電気をつけっぱなしで寝ている。
ボクも子供の頃には様々な恐怖や不安を暗闇に駆り立てられていた、
だからそうやって眠っていた。
いつもボクが息子の部屋の電気を消す。
間接的にどこかしらの灯りは漏れてくるので真っ暗だということはないけど目が馴れない内は真っ暗だと言っていい。
ボクは部屋の壁にある照明のスイッチを押すときいつも猫に行って来ますと言う、
猫はボクのことが正直キライだ。
撫でてあげようと思って手を出すとプシッと引っかかれる、切り裂かれて血が出る。マジだ。
でも「行ってこいニャン。」という眼で猫はボクを見る。
プチンと部屋を暗くするので猫の眼が光る。
ボクは暗闇でも大丈夫だ。
ある日息子が 「ベッドが欲しい。」と言うので
実はベッドはあるけどまるで物置の様に使っていないDVDプレイヤーとかデカいエイリアンのフィギュアとか梱包材の発泡スチロールやらが積み重なっているベッドがあるにはあるので
「それで寝ればどうだ?」と言うと息子は
「いや、オレの欲しいのはこういうやつ。」と言ってスマホの画面を見せてくれた。
パイプのフレームのやつで2段ベッドみたいになっててマットレスを敷いて実際に寝るのはその2段目だけ、
これはロフトみたいになってるということか。
ボクは 「へぇ。」と言ってサイトのデータに記されたハイとワイドの寸法をメジャーを持って息子のいつも眠っている場所に行った。
…サイズ的には無理なく入るのでまぁ良いだろうとポチっとする、
鉄は熱いうちに打つものだ。
すると明くる日にそのベッドのメーカーから連絡が来ていついつに「発送するので確実に受け取って欲しい」と、
…まぁそりゃ受け取るでしょ、買ったんだから。
さらに運搬されてくるパーツは強度を保つために「鋼鉄製ですので重いです。」とのこと、これも大丈夫だ。
「大人2人以上の人数で組み立て作業を行うことが理想的だと思います」
とアドバイスをいただいたが
ボクと息子の親子で組み立てますと返信、すると「…さようで。」というレス。
そういったところでそのまた次の日にはベッドの搬送を請け負った運送会社から連絡が来て
「家の外に一旦置くしかありませんので
場所を確保していただきたい」とのこと。
まあ最近はトラブル防止の配慮なのだろうが いやいや、一旦玄関でお願いします。
と言ったら「我々は家の中へは搬入はしませんのでそれはご理解いただきたい。」
ということだった。
ボクも嘗ては「運送関係」とか現場の「荷揚げ関係」でバイトしたことがあるのだがここで少し引っかかった言葉がある、
「我々」という言葉だ。
つまりプロの運送業者が複数人で持って来るのだ。
そんなこんなでベッドが運ばれて来る当日、息子を「帰って来たら頼んだベッドが来てるよ、たぶんもうパパが組み立ててる。」って小学校へ見送り
一先ず積み荷を降ろす場所を確保し組み立てる部屋のスペースを作り、
ベッドを待っていると
「来た。」
玄関に出る、「指定された仮置きの場所に置き切れませんでしたが一応降ろしました。」と運送会社の「人達」。
…確かに鋼鉄のフレーム部なのであろうが
なんかマンモスの牙の様な物が計4本。
海中でのサメ避け用の鋼鉄の檻の一面みたいな物が計4枚。
そして動乱の時代になったならば直ぐにナイトライダーをぶん殴る武器として使えそうな鉄パイプの様な物が何本も。
それが置き切れなかったのだろう、指定の場所を余裕ではみ出して納品されているのだった。
…これを先ずは一人で家の中に持って入る。
1つ目のフレーム、パイプを持ち上げて鋼鉄の質量を実感しながらボクは思う、
「…違った、イメージしていた物と実物は違った。」
もっとコンパクトにイメージし過ぎていた。
息子が見せてくれたサイトに映るそれは
ボクとしては子供用をイメージしていたし…
だがどうだ、これはまるで獣の檻だ、
そして
大きい鋼鉄のパイプとフレームが何本もだ、単純に考えよう、重いにきまってる。
いや組み立てたらサイズはこれなんだろうし誰も何も悪くはない、
自分のイメージと違っただけだ。
よく言うやつだ、
ナメているからこうなる。
玄関前にいつまでも置いておくわけにはいかないので早く持って入ろう。
部屋は2階だ、
階段のカーブする所に掛かっている絵画を落としながら鋼鉄のパイプや接続用のパーツを持って何度も階段を上り下りする。
持って入りながら…いや荷揚げしながら代謝の良いボクはプルプルと汗が短時間で出てくる。
今まさに筋肉を使っている自分の体の中で細胞が熱を生み出し代謝の回転がかかるのがはっきりと解る。
もはや水分を制限しないとこれから作業する限り壊れた蛇口の様にボクは汗をかき続けることになる。
部屋に全てのパーツを搬入する間にボクは2度パンツからシャツから着替えなければならなかった、
ちょっと汗かいたからとかそんなレベルではない。
おでこの汗拭き用で持っていた手拭いは
絞れるレベルだ。
こりゃ良いトレーニングになったな、と思っていた所に息子も小学校から戻って来る、
すでに数時間が経過していたのだった。
息子もそのフレームとパーツ類を見て「すご。」と呟く。
とりあえず無造作に積み上げられているパーツ類をまるで他人事の様に見ているがこれはお前の物だ。
そして休まずにそのテンションが上がっている内に組み立てなければならないだろう、
とにかく息子のモチベーションが落ちてはならない。
さっそく息子も動きやすい格好になって一緒にベッドのビルドアップに取り組む。
ボクがそこをちょっと持ち上げてくれ、と言ったら息子はおもむろに別パーツに突き刺さって浮かして手で持っておかなければならないパイプのフレーム先端部を持ち上げる。
何度かそういうのを繰り返して1時間ぐらい経った頃…
「ふー、うぅ…、パパ、ダメだ、誰か呼ぼう、、」とこぼしだす。
ボクは
「 いや、ダメだ。
自分で使うものは自分で作るんだ、2人で組み立てるけど。自分でやるんだ。 」と、息子に言う。
2人で力を合わせて作るけど
自分の物は自分で作るんだ、
ボクは息子にそう宣言した。
息子1人ではこれは当然無理でありボクも1人での組み立ては困難だろう。
特に力はいらないがフレームをネジで固定したり大きなパーツ同士を組み合わせたりする時に先端部を持っていて受けてくれる人が必要だ。
でないと組上がっていくパーツ同士を1人でははめ込んでいかれないのだ。
「そっちを持って、」とか「持ち上げろ。持ち上げろ!」とか
「そのままその位置を動かすな。」とか
晩御飯も食べずに夜は更けていき
出来上がった頃には息子のモチベーションは底を尽きた様にみえたが
「みよ、この雄姿を」とばかりに部屋に創り出された門の様に聳え立つロフト式ベッドを見るその表情は
充実感を帯びてこの何時間かでなんだか息子が成長したようにボクの目には映るのだった。
ベッドの強度を確かめる為に猫と一緒にまだマットレスを敷いていないケージ状の床板部分に座ってみる息子。
満足げに微笑んで うん、うん、「大丈夫。」と何度もボクの方を見ながら頷く。
今晩から自分が組み立てたベッドで眠るんだ、これはお前が諦めずに組み立てたベッドだ。
深夜仕事に向かう前にベッドで眠る息子の寝顔を見る。
そしてボクも うん、うん、と頷き
ベッドの上で食べるんじゃないと言ったのにとか思いながらお菓子の袋を片付ける。
そして猫に「早く行ってこいニャン。」と言われている様な気持ちになり部屋の電気を消した。
ボクは今夜も真っ暗の中に向かっていく、
ボクは暗闇でも大丈夫なのだ。
[サウナそのもの 井上勝正 プロフィール]
サウナ熱波道 JSNA認定熱波師 JSNA熱波師検定座学講師 ドイツサウナ協会認定熱波師 ライター サウナメンター 元大日本プロレス所属
2020年動画版熱波甲子園準優勝(熱波道として)
2019年熱波甲子園社会人の部優勝(大日本プロレスチームとして)
2020年夏から「魁!!熱波塾」のオピニオンリーダーとしてその世界観を拡大していく。