【大西一郎 ある視点/第3回】あかすりのお姉さん
「あなた朝鮮系ですね。」
と、占い師に言われたことがある。
顔で決めつけんなやババア。
占いなんだから、
何か、誰にでも当てはまるようなことを言って、そうかもしれないと思わせて欲しいところだが、開口一番、そんな変えようのないことを外されては、信用0だ。
その後の話は何も入ってこなかった。
確かによく間違えられるが、私はこんな顔して100%日本人だ。
でも私は昔から韓国にものすごく心惹かれる。
日本に、そっくりだけど全然違う、パラレルワールドを見ているような感じがして、おもしろいのだ。
言葉もそう。
韓国語は日本語とそっくりだけど全然違う。
一時期韓国語にどっぷりのめり込んで、随分勉強したことがある。
コリアンタウンに住み、韓国語をちょっとしゃべる、青唐辛子を生でかじる、そして顔。
私の韓国人疑惑は深まるばかりだった。
風呂屋に勤めていて、一番身近にいる韓国人はあかすりのお姉さんだ。
私が韓国語に興味を持ったのも、あかすりのお姉さんが机に置いていた、韓国の通販のカタログだった。
そのカタログの中で、商品名が、ハングル文字とカタカナの両方で書かれていた。
それを眺めるうちに、「스」という文字が、「す」であることに気がついた。
もっと眺めていると、「ㅅ」はさ行だとか、「ㅡ」はう段だとか、どんどん判ってきて、もっと知りたいもっと知りたいとなって、韓国語の本を買い漁るようになった。
付属のCDを車に積んで、「アンニョンハセヨー」とか、「カムサハムニダー」とか、ぶつぶつ言いながら運転した。
あかすりの「お姉さん」という言い方も、女性が、年上の女性に対して呼び掛ける言葉、「オンニ」を直訳しているのだと判った。
あかすりとボディケアの受付は、同じという場合も多いので、接する機会は多かった。
私は彼女達と韓国語で話をして、練習をしたかったが、結局むこうの方が日本語がペラペラなので、すぐに日本語になってしまい、練習にならなかった。
ただ、わからないことを聞けばよく教えてくれたし、私の韓国語の発音が上手いと誉めてくれた。
お姉さん達はすぐ怒る。
そしてすぐ忘れる。
日本人としては、腹が立っても、一時感情を抑えなければ……という習性が身についていたが、接するうちに、お姉さんたちが何か怒って向かって来たら、こちらも瞬時に怒り返してケンカをするべきだということに気がついた。
なぜならお姉さんたちは、どんなにケンカしても、次の日にはニコニコして「オハヨー♪」と言いながらやって来るから、我慢するだけ損なのだ。
根に持たない。
慣れるととても付き合い易い人達だ。
あかすりはとにかくトラブルが多いので、何か電話が鳴る度に、「お客様どうされましたか!?」「申し訳ございません!!」と叫びながら階段を駆け上がるのが日常になっていた。
ある年の正月、私は体調を崩し、施術ができなかった。
そこで、せめて受付をしてくれと頼まれて、そうすることにした。
当時勤めていた風呂屋の正月はとんでもない忙しさだった。
食事をする時間もないだろうと覚悟していたので、机の下にコーヒーとチョコレートだけ準備して乗り切った。
「タバコ一本だけ吸いに行かしてー!」
とお願いして、5分後帰ってくると長蛇の列が出来ていた。
修羅場だったその一日が終わって、本当に大変だったのは、私が無茶苦茶に、次から次に突っ込むお客様をこなしきった施術者達だったに違いないが、それにもかかわらず、皆私が受付をしたことを感謝してくれた。
嬉しかった。
大きなミスもトラブルもなく、嵐のような一日を無事にみんなで乗り切った。
私は受付を完璧にこなした……
と思って集計作業をしていたとき、
私はあかすりの、とても単価の高いコースを受けた二人連れのお客様が、料金未払いで帰っていることに気がついた。
けっこうな額だった。
私は財布を持って、その二人連れを担当したお姉さん達に謝りに行った。
私のミスだ。
この世界は歩合制だ。
今日なんて、朝から晩まで私の采配でギッチギチに詰め込んだお客様をこすりまくって、頑張ってくれたのはお姉さん達だ。
責任を取って、私が取り損ねた、彼女たちが受けとるべき報酬を支払おうと。
ところがお姉さんたちは、
「ダメダメ!イナライイラナイ!」
と断ってきた。
「だってミアネソー!(悪くて)」
「モガ(何が)ミアネー!アナタイッショケンメヤッタジャナー!」
と言って許してくれた。
この時のことを、今思い出してもなんか、甘辛すっぱ苦い気持ちになる。
悔しくて、申し訳なくて、そして嬉しかった。
だから私は、もう別に韓国人に間違われてもいい。