TwitterFacebookはてなブックマーク

【薬師湯常連YouSayのFloating Tide Blues/Vol.3 】湯の虜

人は何かを記憶する時、場面で記憶することが多い。

私は、薬師湯で「千夜十夜着想記」という月刊コラムを連載している。

自分自身が色んな温浴施設などに貼られているプレートや貼りものの広告などを見るのが好きなので、こんなのあればいいなと思うものを、自分で生産している感覚だ。

これは皆様の体験にも当てはめて欲しいのだが、人は場面で物事を記憶する。

例えば、上司に言われた嬉しい言葉や、逆に妬んでいる言葉。学生時代にもらった手紙や、放課後で話した日常のこと。

特徴的な記憶に、場面は必ず出てくる。「ここで〇〇したなぁ」というのは、記憶に残りやすいのだ。

そんなわけで、「お風呂場で読む文章」は普段と違う脳内のストレージに入る気がする。そんな考えもあって、私は薬師湯にて連載コラムを書いている。

 

さて、遡ること2ヶ月前。薬師湯全面協力のもと「千夜十夜の湯」という企画を行った。

そのコラムが連載1周年を突破した記念企画だったのだが、私自身丸々1週間薬師湯に通い続けたので、その思い出を振り返りたい。

 

薬師湯は、東京1のエンタメ銭湯だ。

日々新しいことに挑戦し、楽しみながら運営されている様子が常々伝わってくる。

そんな銭湯へ外部から生半可な企画を持ち込んでも、お客さんからしたら「それ、前もやってたな…」となるわけで、やるならやるでそれなりに考えなければならない。

薬師湯の特徴として、主浴槽が全て薬湯なのだ。

そこが毎日色とりどりになるのだから、見ていて楽しい。

「そうだ、それなら見ていて楽しいものを考えたい。」

私が思いついたのは、1週間をかけて浴槽を7色に染める「虹の湯」だった。

7色それぞれに意味を持たせ、世界の国をイメージするお湯にした。

コロナ禍の影響で、とてもじゃないが海外にはそうそう行けそうもない。

少しでも雰囲気を楽しんで貰えたらと思った。

こういうものは、初日が大事だ。

そう考えた私は「薬師湯で何かをやる日があったらこれを入れて欲しい」と知り合いに渡されていたモエ・エ・シャンドン社製のシャンパンを入れてもらうことにした。

「フランスの湯」として行ったこのシャンパンの湯は、衝撃的な日となった。(ちなみに水風呂はワインだった)

薬師湯は、基本的に1,2時間に1回。入浴剤を追加する時間がある。

そこでその日の入浴剤をお客さんが楽しむというのが常になっているのだが、その日は番頭さん自らモエシャンの瓶を片手に現れた。

ものすごくパンチのある絵面だった。

この「場面の記憶」を私は忘れることはないだろう。

手慣れた様子で瓶のコルクを外すと、浴場内に「ポンッ」という音が綺麗に響く。

ギターをやっていたことがある人ならわかるが、お風呂の中で聞こえるような残響を「リバーブ」というのだが、「ポンッ」にリバーブがかかっている。

異質すぎる。

当然、これまで開栓の音をリバーブで聞いたことなどなかったし、今後もおそらく薬師湯以外で聞くことはないと思う。

 

お酒のお風呂、というのは古くからあり、私も見たことがある。

追加の場面で、お客さんにもちょっとおすそ分け的なアレだ。

私もてっきりそんな感じでトポトポやるのかな〜と思っていたら、「少しかかっちゃうと思いますが、、、」とアナウンスをした後、突然ボトルを振り始めた。

 

刹那、ボトルから勢いよく飛び出したシャンパンが、浴槽に降り注いだ。

 

まさかの、シャンパンシャワーである。

歌舞伎町のホストクラブとかではやっているのかもしれないが、その日初めて私は頭からシャンパンを被った。

なんだこれ、楽しい。とにかく楽しい。

浴槽で、常連の皆さんとシャンパンの香りを楽しんでいると、水風呂から戻ってきた墨だらけのお客さんが、度肝を抜かれた顔で突っ立っていた。

こういうところが、薬師湯のすごさなのだ。

普通に考えたら「シャンパンを湯船に入れる」ってだけでも面白いのに、もひとつ上をいく。

お店の人自身が楽しんでやっている。

そして、それが伝わるからこそ、お客さんも一緒になって楽しめる。

 

私は大阪の出身なのだが、大阪時代によく通っている温浴施設があった。

地方出身者であればわかると思うのだが、俗にいうスーパー銭湯は、東京とその他の地域では大きくイメージが違う。

なんのイメージって、基本的には「価格と規模」だ。

人生の多くを大阪で過ごしてきたので、東京での生活はまだ数年。

当時、私が通っていた大阪のスーパー銭湯は、「マジで大丈夫なのか?!」という日替わり湯をしていた。

あまりここに書きたくはないのだが「ヒノキの湯」と書いている日は、入浴剤かと思ったら2.5mくらいあるヒノキの丸太が2本ぶち込まれていたりと、色々と規格外だった。

しかし、1年くらいすると担当が変わったのか、出る杭が打たれてしまったのか、めっきりそんな「ぶっ飛んだ湯」もなくなってしまった。

私は東京で、またそんな「ぶっ飛んだ湯」をするスーパー銭湯を探そうと目論んでいた。

しかし、ある問題が立ち塞がる。

向こうのスーパー銭湯の価格帯は基本的には700~800円代だ。

東京においても、もちろんリーズナブルな価格帯の施設は沢山ある。

が、「それなりに新しくそこそこの規模の施設」を調べてなんとなく眺めていると、やはり1500〜2000円くらいの価格帯が目立つ。

様々な理由、ビジョンが折り重なってのことだと思うが、どうしても男女それぞれのスペースが必要になるという施設の都合上、ある程度の土地の大きさが必要となる。

東京の土地代は圧倒的だ。それが料金に影響を与えているというのは否めない。

 

仕方ないとはわかっているのだ。

しかし、どうしても700〜800円で入ってきた施設に倍以上の金額を出すということへの精神的ハードルは大きかった。

ぶっちゃけその価格帯で入って「え?これだけしかないの?小さくね?」と思ったことも多々ある。

でも、絶対どこかに面白い施設はあるはずだから、少しずつ時間をかけて探って行こう…そう思っていた時期に、薬師湯のことを知った。

 

まず、タワー風呂に度肝を抜かれた。

ご存知の方もいるかもしれないが、このタワー風呂は、1日に何度も色が変わるという「ぶっ飛んだ湯」だ。

白、青、紫と綺麗なグラデーションを見せてくれて、今や薬師湯の代名詞。

オリジナルTシャツでも色合いが再現されている。

次に、閉店の15分前でも、20分前でも、お客さんが1人でもいたら行うという「入浴剤の追加」これにもプロ根性を感じ取った。

その頃、私は第1回に書いた引き算のマジックという言葉が、脳内に浮かんだ。

「規模じゃないんだなぁ…」そう感じた私は、一旦スーパー銭湯を置いておき、東京の銭湯巡りをした。

すると「ぶっ飛んだ銭湯」たちが出てくる出てくる。

商店街の片隅にあり、薄暗い入り口を戦々恐々入ってみると、常に2種類の温泉地の湯を再現しているという名銭湯。

この銭湯が近くにあれば温泉地に住む必要がなくなるじゃないか。

また別のところへ行くと、昔ながらの番台式。

こじんまりしているのかな?と入ってみると、バカでかい内湯があり、その奥には露天まである。

せっかくなので、露天風呂に入って粋な庭を眺めながら呆けていると、その奥から人がやってくる。

「なんでそこから?!」と思い覗き込むと、謎の全裸用休憩室が。

しかも漫画が大量に用意されている…。

そんな感じで、数多くのぶっ飛んだ銭湯を何件も見かけた。

なんでこんなことができるんだろうと考えたその時、あの丸太をぶち込んでいた施設が少しずつ普通になっていたのを思い出した。

どうしても、大人数で運営していると色んなことが難しくなる。配置換えだってあるし、規模が大きい分お客さんの意見の母数も増える。

「普通の湯に入りたい」と多くの人に言われたら、従わざるを得ないのだろう。

だけど、銭湯はある意味で小規模だからこそ、その店の色をより濃く出せる。

そういうところに人は惹かれて、ファンになる。

そうやってファンになった人が、新たなファンを呼ぶ。

そうやって銭湯は紡がれてきて、これからも紡がれて行くのだ。

 

千夜十夜の湯はお陰様で好評だったようで、中にはこの企画を楽しみにしてくれて、初めて来てくれた方もいたそうだ。

今までのコラムをまとめた冊子「ZINE」を作って配布したこともそれなりに意味はあったと思うのだが、合わせて企画したプレゼント企画を楽しんでくれた人も多かった。

ぶっちゃけ「470円の入浴料金の中でどんなプレゼントができる?」という話で、ゲーム機や有名テーマパークのチケットが当たる抽選なんてできっこない。

それでも、どうせならお客さんにドキドキして欲しい。他の場所では手に入らない、何か変わったものを用意したい。

心底欲しいと思わせてみたい。

そう考えると、とにかくアイデア勝負の何かを作るしかない。

そう考えて、「下足札&下足錠キーホルダー」というものを作った。

これは、普段は錠前ごとドアなどにつけておいて、出かける時には鍵の部分だけ引き抜いて持っていき、帰宅したら戻せるというギミック付きのキーホルダー。

銭湯の入退店を自宅で味わってもらえたらと考えて作った。銭湯が好きな人には届くだろうと自信はあったが、これ目当てで来てくれる人までいたのは予想外だった。

期間も無事にすぎ、リクエストも大量にいただいたので、現在販売用も考えている。プレゼントのモノとはまた別モノにする予定なので、楽しみにしていてほしい。

そういえばシャンパンの湯も大きな反響を呼び、少し名前を変えて、現在は「スパークリングワインの湯」として開催中だ。

定期的に湯船がスパークしている。

自分の考えた試みが、新たなお客さんを呼び、そうしてその人たちが薬師湯のファンになり、その人たちがまた新しいお客さんを呼ぶ。

そうやって、紡ぎ紡がれて、これからも銭湯文化は続いていく。

私がしたことなど、ほんの一部に過ぎない。

なぜなら、今現在も薬師湯では、新たな面白い試みが行われている。

これが更新される10/17は、2018年に企業コラボレーションとして企画された「岩下の新生姜xパインアメ」をお風呂で再現する日だ。

何を言ってるかわからないと思うので、ぜひ体感していただきたい。

そうすれば、あなたもぶっ飛んだ湯の波に飲み込まれ、私のように薬師湯の虜になるだろう。

そうしたら次は、あなたが次の薬師湯を考えることになるかもしれない。

「千夜十夜の湯」最終日、薬師湯にて。左から番頭しゅーぞーさん、私、読者代表タケルギャラガーさん。

 

[YouSayプロフィール]

YouSay
93年生まれ、大阪出身。デザイン会社での経験を経て、転職のため上京。
銭湯で水風呂に入ったことがキッカケでサウナにハマる。
アートディレクター・グラフィックデザイナーとして活動する傍ら、2019年より薬師湯にてデザイナー目線の月刊コラム「千夜十夜着想記」を連載中。
写真はヨーロッパが誇る温泉の街、ブダペスト(ハンガリー)にて。
Twitter@Ux09