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【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第7回】ボクは包帯の頭でピッ…ピッ…ピコピコ。

井上勝正

 

おふろの国の林店長が運転する車に乗り自宅へと送ってもらっている。
まだ距離はある、うとうともするが初めて聞いた
「サウナでバスタオルを振る」
とか
「それをロウリュ、熱波って言う」
とかそういうのが一つの文化なんだって思いもよらない2008年の終わりか2009年の最初だ。
林店長の話、インパクトのある単語部分がボクの脳内で増幅されていく。

 

更にボクは記憶を甦らせている。

 

10代前半の頃からずっとサウナには入っていたんだ。

 

 

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ボクは少年ジャンプの「北斗の拳」の影響を受けて本革のライダーズジャケットを通信販売で購入した。

それは木造長屋の2階の自分の部屋だと「思ってる場所」の梁にハンガーで掛けておく。

 

「自分で思ってる」と言うのは部屋の窓の向こうは物干しで、…これは決してベランダとは言わない。
人が乗るとギシッギシッ…と呻く木の
「物干し」だ。

なので母親が洗濯物を干すためしょっちゅうバタバタと出入りするし
部屋の反対側の1ヶ所の壁は襖で遮られてはいるが夜には家族が眠る寝室…というか、部屋だ。

その部屋の向こうは外なんだけど
家は今里筋という大阪市生野区のメインストリートに面していて道路の真向かいは消防署だった。そこから昼間でも夜中でも火事や救急出動があったりしたら時間を問わず猛るサイレンを鳴らして緊急車両が出動して行く。

ウチみたいな木造長屋にそんなサイレン音をシャットするような防音壁があるワケは無いからサイレンが鳴ると、特に2階に居ると家から消防車が飛び出して行く様な感覚になったりする、そんな環境だった。
そしてそんなもんだ、と思っていた。

そんな家の2階で買ったライダーズジャケットを眺める。

当時のボクは痩せていた、身長は160センチぐらいで体重は忘れもしない49キロ。
髪は耳が隠れるぐらいの長さで後ろは当然もっと長い。
耳が髪で隠れるのが鬱陶しくてよく耳に髪を引っ掻けていた、外で遊ぶ活発な子供ではなかったので色白、自分で言うのなんだが目はパッチリ。

 

よく女の子だと言われていた。

 

友達と一緒に歩いていたら…、むさ苦しい顔の初芝くんという男だが近所のおばちゃんから
「あんた昨日、えらいかわいい娘とデートしてたなぁ。」と言われたぐらいだ、マジだ。

もっと遡って言うと兵庫県の小野市と言う所にある母親の実家に長期の休みで遊びに行ってたとき、たぶん13才か14才の時の夏休み。
(大阪の桃谷にあったゼネラルプロダクツで買った初代ゴジラのTシャツを着ていた記憶がある。)
1人で家屋内の2階に上がる階段の途中から飛び降りるという遊びをやっていて
(階段の側面が箪笥になっていて段のある壁面だった。)
そこからその日1番のジャンプを決めたのは良いが飛び上がり過ぎて敷居の角で頭をぶつけ気を失って流血しながら墜落した。

血だらけで部屋の真ん中に倒れていたボクは日が沈んでから従姉の子達に発見されて親戚中パニックになり
救急搬送された病院で割れた頭部を縫ってもらったのだけど担当した当直のインターン医師が
「女の子だから余り髪の毛を剃るのは可哀想なんで最小限の剃毛としておきました。」
と言ってくれたぐらいだ。
因みに3針縫った。その他は異常なし。

 

ボクは女の子とあからさまに間違えられて妹や親戚に軽く笑われたのもショックだったが
ゼネラルプロダクツで買った白ボディの初代ゴジラのTシャツが血塗れになってしまった事が何よりもショックだった。
次の日にただ1人「可哀想に…」と言ってくれた親戚のおじちゃんに電子ゲームのベースボールを買ってもらった。
ボクは包帯の頭で ピッ…ピッ…ピコピコと
1人野球をするのだった。
 

頭突きした形になった敷居の角材はボクの頭の形に少しへこんでいた、
頭の皮膚もへこんだが治るにつれその裂けて縫われた部分は肉で盛り上がった。

夏休みのボクは抜糸するまで親戚の家に居させてもらっていて、通院の時には親戚のおばちゃんとジャスコに寄るのが楽しみだった。
そして診察前にそば屋さんで食べる
冷やしかき揚げそば は
「美味しぃ、これ。」と思って行く度に同じものを食べた。

親戚のおばちゃんは「ここしか無いから」という理由で入ったそば屋さんで
そんなに食べることに興味を示さないボクが
「毎回同じもんばっかり食べてるで、
好きなんやわ…。」
と先に大阪に帰ったボクの母親に電話でその事ばかり話していた。

 

抜糸もしたしボク1人高速バスや電車を乗り継いで大阪(梅田)まで母親に迎えに来てもらい家に帰ると
父親が「傷の形にハゲてるやん。」と言い、
続けて「まあ、お前は髪の毛長いから気になれへんやろ。」と言った。

父親の発言に ちょっとムキっとしながら
着替えを持って近所の銭湯「辰巳湯」にさっさと行く。

サウナに入る前に水分を取れば汗がよく出る事を感づいているボクは
辰巳湯脱衣場にある冷蔵庫からみかん水を取って番台で50円(みかん水代)を払い一気に飲んでサウナに入ってシットアップ(上体起こしの腹筋)をやる。
夕方の中途半端な時間なのでちょうど誰もいないサウナの中
「ひゅーッ!ひゅーッ!」息を吐きながら腹筋やって1セット終わったら水風呂にドボンし、体を冷やして出ようと思って水風呂浴槽の縁を跨いだ所で辰巳湯でよく会うヤクザの親分が来た。

もう人が来たので腹筋やってるとうるさいとか言われるし帰ろうかと思ったけど久しぶりに来れたサウナにもっと入りたかったのもありサウナに入るとヤクザの親分はさも前から言いたかったみたいな調子でボクに言った、
「ワレなぁ、髪の毛切れや。
お前みたいな毛ぇ長いヤツが水風呂潜るなボケッ!」

…前までは髪の毛とかそんな事言ったこともなかったのにその日はえらい髪の毛がどうたらとかやけに「毛が…毛が…」って怖かった。

何よりボクが水風呂に潜っている所なんか見ていないはずなのに何でそんな事言うのか、今日は!

 

あ…?なんかそう言うヤクザの親分の頭は丸坊主…いや、スキンヘッドになっていた、

前までは5分刈りだったのに…。

 

まだ経験が少ない10代の少年の頭ではここぐらいまでしか考えられない、

今では きっと何か下手打ったのかもしれないな、気ィつけなあかんな。
と、察しのひとつでもつけれるんだけど…。

 
 

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おふろの国の林店長が運転する車でボクは横浜の自宅まで送ってもらっている、
ボクはそうだ、サウナが好きだった。
家に風呂が無かったから毎日のように銭湯のサウナに入っていた。

今は2008年の終わりか2009年の最初だ、
家までにはまだ距離がある。

 


【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第1回】
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第2回】
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【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第4回】素っ裸でサウナに入る牧場の少女
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第5回】
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第6回】お前の体は噴水か


 

 

[サウナそのもの 井上勝正  プロフィール]

サウナ熱波道 JSNA認定熱波師 JSNA熱波師検定座学講師 ドイツサウナ協会認定熱波師 ライター サウナメンター 元大日本プロレス所属

2020年動画版熱波甲子園準優勝(熱波道として)
2019年熱波甲子園社会人の部優勝(大日本プロレスチームとして)
2020年夏から「魁!!熱波塾」のオピニオンリーダーとしてその世界観を拡大していく。