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【望月 義尚の 温浴コンサルタントの視点/第8回】コロナがサウナを変える

望月 義尚

コロナ禍で、日本のサウナ文化にはひとつ明らかな変化が起きました。

それはサウナマットの敷き方です。

既製品のサウナマットは、たいてい600×1100mm、あるいは700×1300mmといった長方形サイズで作られているのですが、コロナ前はそのマットをベンチの座面に合わせて横向きに敷くのが業界標準でした。
・参考サイト:浴場市場 https://www.yokujoichiba.jp/shopbrand/ct88/

人気店やイベント時などサウナ室が混んでいる時は、1枚のマットに2名が肩を寄せ合うように座ることも珍しくなかったのですが、コロナ禍ではソーシャルディスタンスとかいう耳慣れない外来語が幅をきかせるようになり、人と人が距離を置かなければならなくなりました。

そこで、お客さまが混乱しないように店側がマットの敷き方を変え、縦に間隔を開けて敷くことで座る場所を示すようになったのです。縦に敷くとマットの幅は600から700mmですから、ちょうどひとりが座るスペースになります。

これが意外に良くて、縦に長いので、もっとも汗がたまりやすい足元までマットがカバーしてくれるようになり、他人の汗の跡が気にならなくなりました。ベントの板が最も傷む箇所も上の段の人が落とす汗が原因なので、サウナ室の清潔感が改善されることにつながるでしょう。

さらに他人の飛沫との接触を防ぐという観点から、縦敷きの布マットの上に樹脂製の1人用マットを敷かせる施設も増えました。

長年の業界標準として定着していたサウナマット横敷きという慣習を、新型コロナ騒動があっという間に変えてしまったのです。

お客さまが自分で樹脂製マットを洗い流すことも、それほど混乱なく行われているようです。

問題は、サウナの収容人員が減ってしまったこと。今は温浴施設の利用者数そのものも減っていますので、よほどの人気店でない限りサウナ待ち行列になることは少ないかも知れませんが、今後人の動きが復活してくれば、サウナファンが増えている以上、あちこちでサウナ室の収容力不足が顕在化してくると思います。

そうなると、マットの敷き方を元に戻すのか、それともサウナ室を増設するのか。人は一度覚えた贅沢はやめられないと言いますから、今後は1200mmの間隔を開けて座るのが標準化する可能性が高く、施設側は浴槽をつぶしてでもサウナ室を増やすという方向に向かわざるを得ないのではないかと考えています。

望月 義尚

 

◆いろいろなサウナマット

ところで、サウナマットを横向きに敷くのが業界標準と書きましたが、それは多数派という意味で、サウナマットには他にもいろいろな方式があります。

まず、素材はタオル地、じゅうたんのような素材、速乾抗菌の高機能素材、樹脂のマットなど。

敷きっ放しで定期的に交換するところと、お客様が自分で敷く1人用マット。樹脂の場合は自分で洗浄するところと、施設側で洗浄するところ。

さらに言うと、サウナマットというのは日本独特の文化で、海外では基本的にサウナマットは敷かれていません。このあたりの話を少しご紹介したいと思います。

 

◆庄内スタイル

2年ほど前に山形県で温浴施設調査をした時の話。

市場調査で、庄内地域の主な温浴施設をひと通り体験してきました。

この仕事も長いことやっていますので、日本全国北から南までだいたい行き尽くしているのですが、庄内地域(酒田市、鶴岡市など)は初訪問でした。

庄内平野というのは、山形県北西部の日本海側に位置する平野部で、庄内地方とも言います。庄内米が有名ですが、主に稲作を中心に農業がさかんな地域で、30万余の人々が生活しています。

鳥海山や月山などに囲まれていて、東京から行くにはどの交通手段でもちょっと時間がかかる不便な場所です。

最初に1件目の公共温泉施設を調査した際に、サウナの中に見慣れないものがあるのに気づきました。それはフェイスサイズの小さなタオルなのですが、フックに引っ掛ける形でサウナ室にぶら下げてあるのです。そしてサウナマットは敷いておらず、ビート板などと呼ばれている樹脂製マットがサウナ室入り口に積んであります。

樹脂製マット方式は全国的に時折見かけますが、タオルが下げてあるのは見たことがなく、何のためにあるのか疑問でした。

2件目はもう少し大きなサウナ室だったのですが、そこには同じようにタオルがぶら下がっています。しかも、分散して3箇所ほどに。

気になって観察していたら、すぐ分かりました。サウナで汗をかいたお客さんが、出るときに自分が落とした汗を拭きとるためのタオルだったのです。

以降調査した施設もすべてタオルがありました。樹脂製マットが布製だったり、拭き取りタオルがぶら下げ方式だけでなく、お絞りサイズのミニタオルをきれいに畳んでたくさん積んでいる方式(タオル回収はサウナ室の外に回収ボックス)など、いくつかのバリエーションはありましたが、ベンチにサウナマットをあらかじめ敷き詰めている施設は1件もありませんでした。

それまで庄内地域の温浴施設を知らなかったので、このような方式が定着しているとは想像もしていなくて、ビックリしました。

自分の汗をベンチに残さないことがマナーになっているのはドイツとまったく同じです。ドイツの場合は自前のバスタオルをベンチに敷いて、その上に座るため、サウナマットが要らないのです。

日本の温浴施設は濡れた手拭い(フェイスタオル)を持ち歩きながら絞って使うスタイルですので、ドイツのように乾いたバスタオルを浴室に持ち込むスタイルと両立するとは考えにくく、サウナマットを敷き詰めるのは避けられないことだと思っていました。

庄内スタイルなら、濡れた手拭いを持ち歩きつつ、ベンチの汗は拭きとりますので敷きっぱなしのサウナマットは不要であるということが実証されています。

ご支援先の施設の支配人にこの件を尋ねると、お客様が「あっちの施設ではこのようにしているよ」と教えてくれて、やるようになった、と話してくれました。

入浴マナーはそうやって伝搬していくものなのです。残念ながら庄内地域は地理的に閉鎖商圏ですので、庄内地域の外にまではなかなか伝搬していかないのでしょう。

しかし、日本ではサウナマットを敷き、それを定期的に交換することは避けられないと思い込んでいて、お客さまに自分の汗を拭き取らせるなんて思いもよらなかった私にとって、庄内スタイルは衝撃でした。

もっと固定概念を破る挑戦をしていかなければいけませんし、もっとお客さまに期待してもいいんだということを感じさせてくれた体験でした。

 

◆ドイツ式も可能だった

ご支援先から山形自動車道で帰る途中、寒河江SAのすぐ近くに、3種の源泉を掛け流しにしている花咲か温泉ゆ〜チェリーという、良さそうな温浴施設があるのを見つけて立ち寄りました。
http://www.yu-cherry.com

ロケーションと源泉に恵まれ、しかも入浴料350円という格安料金設定ですから繁盛していました。混み具合から、おそらく平日800人以上は入っている印象。

3種の源泉もそれぞれ特徴があって素晴らしかったのですが、ビックリしたのはサウナです。

サウナは高温と中温の2種があったのですが、入ろうとしたらサウナドアに「ベンチにバスタオルを敷いてご利用ください」という趣旨のことが赤い文字で大きく書かれており、フェイスタオルしか持っていない人は利用できないのです。

バスタオル持参方式はドイツでは主流になっていますが、浴場がサウナメインのためドライなドイツだからできることで、湯がメインでフェイスタオルを絞りながら入浴する日本では無理だろうと思っていました。

たしかにフロントでバスタオル有料貸出しの表示はありましたが、まさかバスタオルがないとサウナが利用できない仕組みとは想像していませんでした。

すでに裸なので再び服を着てバスタオルを借りに戻るのも面倒ですし、「おそらく、みんなフェイスタオルだけでも結局入っちゃってるんじゃないの?みんながルール守ってないなら自分も…」と思ってしばらく観察していたのですが、サウナに出入りする人たちはみんな自前のバスタオルを持っていました。

ルールが分かっている常連さん達にとっては何の問題もないようです。

結局、2種のサウナは泣く泣く諦めることになったのですが、入浴料は350円ですし、源泉がとても良かったので充分満足することができました。

サウナマットは敷かずに樹脂製マット(通称ビート板)を使い、ベンチにこぼれた汗は備え付けのタオルで拭き取るという庄内スタイルやここのドイツスタイル、世の中にはいろいろなやり方があるんだなということをあらためて感じます。

バスタオル持参方式は日本では無理と思い込んでいたのですが、やりようによってはできるということが分かったのです。

コロナ禍によって、いま日本のサウナ文化も最適解を探して揺れ動いています。

清潔感という点では、ドイツのようにバスタオル持参方式が最も優れています。またこれが定着すると施設側はサウナマット交換作業も洗濯も不要となり、ベンチは傷みにくくなりますから、一石四鳥と言えます。

浴室内にバスタオル掛けを何か所も設置する必要がありますが、それはさほど難しいことではありません。

今後浴槽とサウナのバランスが変わってくるとすれば、いずれ日本でも浴室にバスタオルを持ち込むことが当たり前の時代が来るのかも知れませんね。


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[望月 義尚(モチヅキ ヨシヒサ)プロフィール]

望月 義尚

温浴施設の経営コンサルタントというレアな職業を確立したパイオニア。日本中にロウリュを広めた仕掛け人でもある。温浴業界の発展が人類に健康と幸福をもたらすと信じて2006年に株式会社アクトパスを設立、代表取締役に就任。

Twitterアカウント: @spamochi

公式サイト: https://aqutpas.co.jp/

 

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