【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/最終回】その夜、暗い森を走りながらパネッパと言った。
街灯はあるけど山ん中は暗い、そんな暗い森を走るおふろの国林店長の運転する車のライトがその辺を照らす、森を抜けて自宅付近の普通に舗装された道の路肩に寄せてもらってボクは荷物と共に車を降ろしてもらった。
この時はそうだ、2009年のまだ寒い時期、まだ春は先、それぐらいの時期。
そしてこの何ヵ月か後 ボクは右目の異常によりプロレスを欠場に入る。
休まなければならないほど右目の状態は発覚当初から厳しかった、壊れていたのがはっきり分かり診断結果としては難治性であり同じ様な症状を持つ者の完治したという報告は無かった。(2009年の当時の情報です)
プロレス団体のリリースではボクの負傷箇所のデリケートさから
兼ねてから問題のあった両膝の療養の為
メンテナンス欠場だと発表されている。
きっと皆は治ると思ってくれているのは分かっていたし嬉しかった、でも
もはや自分の状態があからさまになればなるほど絶望的な状態だ。
決断しなくてはならない、これは自分の事だけじゃない、
息子の誕生を2009年の夏に控えているからだ。
ボクはプロレスが好きだ。
だけどどんな形でもプロレスという業界に関わっていたい、…といった様な「好き」ではない。
このままではボクを取り巻く状況は悪くなっていくだけだ、
何かをやっている時よりも明日が早くに来て
昨日があっという間に遠くの昔になっていく。
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おふろの国の林店長に所属であった大日本プロレスのボクのスケジュールを押さえてもらって愛知県のサウナイーグルに行ったのはそんな時期、もちろんおふろの国から山を越えた自宅まで送ってもらってる時に聞いていた
「熱波を見に行く」そのためだ。
ボクはサウナは好きだったけど「熱波」、「ロウリュ」を知らなかった、それこそ初めて名前を聞いた時は当て字だと思っていた。
「狼竜」みたいな。
季節は暖かくなっていて
ここで熱波(ロウリュ)をやっていると事前に分かっていた店舗の内の1つ、先ずは愛知県知立市のサウナイーグルに向かう。
現在のリニューアルが施される前のサウナイーグル。
名古屋から名鉄線、駅から歩く
そしてここだと思われる場所には
ボウリング場。
「あれ?サウナは?」と思った記憶がある、
サウナイーグルはそのボウリング場の屋内駐車場の奥に入り口があったので外からは見えなかった。
中に入るとまるで異次元のトンネルの様だった。
ずずずいっとサウナがある浴室の手前まで行き
セーラー服を着てサウナでバスタオルを振り熱波をやる人がいる!と知り、さらにサウナでカレーライスを食べるイベントがある!と知り、「リネンジャー」と云われるロウリュスタッフがいる!と知る。
当時はそのロウリュスタッフ「リネンジャー」が繰り出す耐久熱波を最後まで受けきり、そしてサウナ入室最長時間を記録したお客さんの歴代写真が額に入られられ浴室入り口に燦然と飾られていた。
こういう感じなのだと頭の中に入れて
その日の熱波(ロウリュ)のタイムスケジュールを調べた後
一旦仮眠室で睡眠を取ることにする。
朝イチの新幹線で来て名鉄に乗って知らない土地を歩いた体はあっという間に眠りに落ちる。
そして確か林さんに起こしてもらった記憶がある、「そろそろですよ、サウナ行きますよ。」
あー、時間か、いよいよロウリュだ。
ドキドキする!
館内着を脱いでフェイスタオルだけ持って浴室に入る、当時は入浴前に肌や頭髪の保湿を…とか分からない。
かけ湯して体をタオルで拭いサウナに入りしばらくするとその時はワンオペのスタッフが入ってきてロウリュの説明「新陳代謝が…」からのアロマ水を石が積まれたサウナヒーターに注入。
「あれがロウリュのヒーターか…、あの石のことを言ってたのか…
このスタッフがリネンジャーか…。」
ジュワゥッ~…!っとヒーターの上部に積まれた石から湯気が上がり目に見えない水蒸気が向かってくる。
すると
「…熱ッッ!何だこりゃ、、うご~、こうなるのか、、ロウリュって熱いわこれは!」
それはもう熱い…!
サウナイーグルのサウナ、当時は20人ぐらい収用のサウナだったと思うけど平日の昼間はボクとおふろの国のスタッフと地元のサウナ好き1人とかそんな感じ。
そして始まるバスタオルによるサウナ室内の空気の撹拌、…と言うか熱い空気を暴れさせているかの様な…
これがまた強烈に熱くしてくれる、、
またまた
「熱っつ~い!!ええッ!?
こうなるのかッッ!!」と驚く。
熱ッついッ。
そしてボクもおふろの国スタッフも地元のサウナ好きの人も
リネンジャーにバスタオルで扇いでもらう、
ボフッ…ボフッ!!
まだサウナに入ってロウリュを受ける態勢も取れずにたいがいカラっとしている肌に浴びるロウリュは
唇は痛いし乳首もモゲそうなぐらい熱い痛い!!
ボクはまいっちんぐマチ子先生の様に手で胸を隠して…というか乳首を守る事しか出来なかった。
ロウリュを浴びたのはもちろんおふろの国の林店長も初めてだったので
2人で
「こりゃ熱い!こりゃスゲー!」と興奮しながら
その時のワンオペのスタッフ、リネンジャーに
「これは良かったです!
ボク達このために横浜から来たんです。
これは良かった!
ホント良かった!マジで良かった!良かった、良かった!」
とかなりのバージョンの「良かった」を連呼した後
林さんがボクの紹介をしてくれた。
「え!プロレスラーなんですか!」と
相手は驚いた様子。
ボクは、いや、プロレスラーって言ってもちょっと体があれで休んでる…
と言うのも聞かずに何処かへスっ飛んで行ってしまったリネンジャー。
「今日はプロレスラーがロウリュを受けに来ている」と瞬く間に館内に広がり
横浜から来たボク達の為に今日特別に強目の熱波をやっても良い、「受けて行ってもらいたい!」と嬉しい言葉がお店側からとして帰って来た。
こっちもその後の予定があるにはあったのだけど
それは良かった受けましょう!という話になってトントン拍子。
次熱波受ける前に食事しとこうとスナックみたいなカウンターのあるレストランで
あぁ…カラオケも出来るんだ、とか思いながら確かトンカツ定食を食べた。
強目の熱波を浴びる心構えもしつつ、一度浴びたあの熱さを分かっていたので
「強いと言ってもまあ大丈夫だろう…」と高を括る。
時間になり脱衣場で館内着を脱いでいるとさっきとは違ってリネンジャー2人体制、「よし、行くぞ。」と2人頷き合い、明らかに違う空気感を漂わす。
熱波を受けると言ってもまだ分からないので1度目と同じ様にかけ湯してサウナに、そしてリネンジャー2人体制で始められる熱波(ロウリュ)、
「今日は特別に」を強調しながら
「強目のロウリュを行わさせていただきます。」と口上。
ボク達おふろの国勢とは違い
おそらく「強目のロウリュ」を受けた事のあるであろう地元のお客さんも静かに目を瞑り頷くだけ。
「それでは行います…」とリネンジャー、厳かだ。
その刹那、明らかに多めのアロマ水をラドルで注入されたサウナの石からさっきとは全然違うロウリュが発現する!!
あっという間に目が開けられない、熱いのなんの!
初めてだからというのもあるが「これは事故…」と思うぐらい。
目を瞑っているため真っ暗の中、熱さの渦巻きの中にいる感じで息が上手く出来ない。
熱波が何本もの赤い色の筋になって心の中で見えた気がした。
これが熱波なのか、強目にロウリュをやってバスタオルで扇ぐとこうなるのかッ!!
…ぐわーっ!!
と乳首をまた隠して目を閉じて本能で下を向く、耐えに耐える。
当初の目的、熱波を視察も何も目が開けられなくなって何もわからない。
もう周りがどんな事になっているのかもわからない、そうだよ、おふろの国の林店長は何処だッ?
地元のお客さんはまだいるのかッ?
そんな中、リネンジャーの
「それでは2度目のアロマ水をいかせていただきます。」
…待て待て待て待て… と思うも声も出ず、
ジュュュ~ッッ!ジャッ…ジュオワ~ッッ…!
…おわーッ!と心で叫ぶ。
薄目を開けるとひたすら不乱にリネンジャーがバスタオルを
バフッ!バフッ!バァフゥッ!!と振りまくっている。
地元のお客さんが
「…あぅっ!…あぅっっ!」とロウリュを受けているのがぼんやり見える。
おふろの国のスタッフはもう何処かわからない。
もう何も考えられない、熱っい。
1度目は熱波受けた後水風呂には入らなかったけど今度は終わったあと水風呂に飛び込む様に入った、水風呂の事しか頭に無かったぐらいだ。
火を吹く様に熱くなった体を水風呂で急激に冷やす。
水の冷たさが皮膚から体の表面に入ってくる。
…これは、…気持ちいい。
そして熱波後、水風呂に入った今、ボクは普段常に頭から離れない
怪我の事、生活の事をボクは忘れていたのだ。
そしてすっきりしている。
別に考えがまとまったワケじゃない。
現実は変わりはしないけどサウナで熱波を浴びた時間、水風呂に入って冷たさが体の表面を覆う時、ボクは全てを忘れる事が出来ている。
そして「まあ、たぶん大丈夫だろう。」と思える気分になっている。
良かった、また熱波受けたい。
何度も言うけど熱波を受け気持ち良くなったからと言って
ボクを取り巻く様々な状況が好転する訳じゃない、何も変わらない、自分が実際に何とかしないと何もかもが自然に短時間でどうにかなるなんてことはあり得ない。
自分で思考し決断し行動しなければならない。
だけどサウナに入って熱い熱波(ロウリュ)を浴びれば明らかに気分は良くなって集中力も上がる、ボクは上がった。
集中力が上がって冷静になれれば具体的に「どうすることが自身にも周りにもベストなのか?」、間違っていない判断を下せるマインドになれる気がする。
筋の通った覚悟がきまる。
サウナで体を温める事による脳や体のメカニズムの動きはこの時知りもしなかったが
そんな事は理解出来なくても
プロレスを欠場してこの先不安なボクの気持ちは軽くなっていた、
久しぶりに「純粋に気持ちが良かった」のだ。
気分が晴れた。
ボクはそんな事をサウナイーグルを後にし、名古屋に移動して林店長がご馳走してくれた「やばとんのトンカツ」を食べながら思っていた。
そんなトンカツばかり食べた日の最後に
「サウナと水風呂、毎日入りたいな。」
ぼんやりとそう思う。
そしておふろの国で
その年のゴールデンウィークから本格的に始めようとしている熱波の事を話していた、
同じ状況のサウナでは無いと言うことを解っていなければならない。
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横浜に戻りボクはまた林店長の運転する車で家まで送ってもらう、また暗い森の中を通って、車中で
林店長
「井上さん、バスタオルをサウナで振る時、掛け声は必要じゃないですか?」
え?掛け声ってそれ言いながらやるんですか?
「そうですよ。やんなきゃ。」
どんなのですか?
「いくぞーッ!コノヤローッ!」とか?
「いやいや、何でコノヤローなんですか…
まあでも いくぞー!はなぁ…、
普通じゃないですか。
ワッショイとかもなぁ、普通じゃぁちょっと…。」
・・・・・。
「…何かないですか。」
そう言えば横浜じゃ「ハンパなく凄い」の事を パネスゲー って言うらしいじゃないですか。ボクは大阪だから分かんなかったけど。
「ああー、パネスゲー…。」
ああー、パネスゲーよ…。
「パネスゲェ、パネっす…。パネパネ。」
こう、パッと。…あ!
「井上さん、パネッパ って言ってくださいよ、バスタオル振りながら。言えば良いじゃないですか。井上さんはやんなきゃ。」
…パネッパ ですか!?
「パネッパでいきましょう。」
パネッパ。
ボクは生まれて初めて熱波を浴びた日の夜、
初めて パネッパ と言った。
もしプロレスを欠場していなくて試合のスケジュールの中にいたらこの日のボクは無い。
林店長
「さすがにおふろの国はロウリュサウナではないのでイベントも「熱波」でいきましょう、井上さんは熱波をやるプロになってください、そうだな、熱波師ですよ。
熱波師 井上勝正 。」
真っ暗な森を抜けてボクは家に帰る。
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第1回】
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第2回】
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第3回】
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第4回】素っ裸でサウナに入る牧場の少女
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第5回】
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第6回】お前の体は噴水か
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第7回】ボクは包帯の頭でピッ…ピッ…ピコピコ。
【サウナそのもの井上勝正 風呂あがりの夜空に/第8回】熱波をやります。
[サウナそのもの 井上勝正 プロフィール]
サウナ熱波道 JSNA認定熱波師 JSNA熱波師検定座学講師 ドイツサウナ協会認定熱波師 ライター サウナメンター 元大日本プロレス所属
2020年動画版熱波甲子園準優勝(熱波道として)
2019年熱波甲子園社会人の部優勝(大日本プロレスチームとして)
2020年夏から「魁!!熱波塾」のオピニオンリーダーとしてその世界観を拡大していく。